【松本零士vs槇原敬之】槇原敬之に「999」盗作騒動
漫画家の松本零士氏(68)が代表作「銀河鉄道999」のフレーズを盗作されたとして、歌手の槇原敬之(37)に抗議していると、19日発売の「女性セブン」が報じており、松本氏はスポニチの取材に「私の言葉を奪われた。どうしてごめんと言えないのか」と怒りが収まらない様子。槇原側も「盗作呼ばわりされて嫌な気分。法廷で争ってもいい」と不快感をあらわにし、全面対決の様相だ。
問題となっているのは槇原の作詞作曲で人気デュオ「CHEMISTRY」が今月4日に発売した新曲「約束の場所」。スープのCMソングとしてお茶の間にも流れ、オリコンチャート4位に入るなどヒット中だ。
松本氏が「盗作」と断じているのは、「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」――というサビの部分。これが「銀河鉄道999」(小学館刊)の第21巻に登場する「時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない」というフレーズに「そっくりだ」と主張している。
これは主人公の星野鉄郎のセリフとして使われるだけでなく、作品全体のテーマにもなっている言葉。松本氏は「私のスローガンのような言葉。これを題目に講演会などで若者にエールを送っており、ファンにはなじみ深い。彼が知らないわけがなく、勝手に使うのは盗作」として抗議した。
両者の話し合いが持たれたのは先週末。松本氏によれば、電話で2度話したところ「当初は“知らない”と言っていたが、2度目は“どこかで聞いたものが記憶にすり込まれたのかも”とあいまいな説明に変わった」という。さらに、16日にレコード会社幹部が謝罪に訪れ「槇原本人が“記憶上のものを使用したかもしれない”と半ば認めたとの説明を受けた」と強調。「本人の口からきちんと謝ってほしい」と求めている。
これに対し、槇原の所属事務所は「槇原が自分の言葉で作ったもの」と完全否定。「銀河…」を読んだことすらないとし「そこまで盗作呼ばわりされたら、先生の“銀河鉄道”というタイトル自体、先人が作った言葉ではないのかと言いたくなる」と不快感をあらわに。「ぜひ訴えていただいて…」とまで語り、法廷で争うことも辞さない構えだ。
(スポーツニッポン) - 10月19日12時28分更新
-------------------------------------------------
結論から言うと、「盗作」(著作権侵害の意味で使っています)にはあたらないと思います。
記事を見る限りでは、松本零士先生側の分が悪いでしょう。
記者は、
>両者の話し合いが持たれたのは先週末。松本氏によれば、電話で2度話したところ「当初は“知らない”と言って
>いたが、2度目は“どこかで聞いたものが記憶にすり込まれたのかも”とあいまいな説明に変わった」という。さら
>に、16日にレコード会社幹部が謝罪に訪れ「槇原本人が“記憶上のものを使用したかもしれない”と半ば認めた
>との説明を受けた」と強調。「本人の口からきちんと謝ってほしい」と求めている。
経緯に注目しているようですが、あまり本質的な問題ではありません。
著作権侵害の要件は、大まかに纏めれば
①類似性
②依拠性
の2点と言うことになりますが、①類似性の要件が満たされない以上、②依拠性について論じる意味はないからです。
類似性の要件が満たされていると言えるには、単に比較対象となる表現が一見して「似ている」だけでは駄目で、著作物中の創作性のある箇所が再生されていることが必要です。例えば、アイデアが似ているとか、未だ、創作性があるとは認められない表現が類似しているというだけでは、類似性の要件は充足されないのです。
今回の場合、銀河鉄道999の「時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない」というフレーズそれ自体を見た場合、このフレーズに著作物性が認められるかどうか自体が微妙なところですが、仮に認められたとしても、創作性が認められる箇所は、「時間は夢を裏切らない」という文節を受けて、「夢も時間を裏切ってはならない」という価値観を命令形で言明している点にあるのではないかと思います。
これに対して、槙原敬之氏の歌詞は、「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」というものです。
「時間も夢を決して裏切らない」というのは、事実の言明を取っています。また、裏切りの主体も、銀河鉄道999のフレーズとは違い、「夢」ではなく、「時間」です。さらに、「決して」という銀河鉄道999のフレーズにはない言葉が挿入され、事実の言明が強調されています。
要するに、
銀河鉄道999のフレーズ=should ないし sollen
槙原敬之氏の歌詞 =is ないし sein +裏切りの主体も違う+「決して」という断定的な強調+語順も違う
であり、両者は表現としては全く異なるものであるというのが、私の見解です。
ちなみに、両者の出典は、
松本零士先生側=「心の旅人」(銀河鉄道999 21 第21巻 小学館)
槙原敬之氏側=「約束の場所」
ですが、作品それ自体のテーマも問題のフレーズが出てくる文脈も全く異なるんですね。実際に読み比べて見るとよくわかります。
なお、本件のような短いフレーズが問題になる事案については、参考になる裁判例が存在します。
東京地方裁判所平成13年5月30日判決(いわゆる「チャイルドシート事件判決」です。)
この判決では、
「ママの胸より チャイルドシート」という表現が
「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」という表現の著作権を侵害するかどうかが争われた事案について、著作権侵害は存在しないと言う判断が示されています。
(参考過去ログ)
今回は検証サイトが問題になっている訳ではありませんが、著作権侵害の判断に関する私の見解が述べられています。


Comments
松本氏は言葉を殺そうとしているのか?
文学には無名性という血が流れている。過去のどんな名作でも完全なオリジナルはありえず、
誰だって何かから影響を受けている。
日本はとくに、コラージュ・サンプリングの文学が多い。
有名性の文学も過去試みがなかったわけじゃないか、何度もすたれてきた結果、無名性の文学が栄えたのだ。
時間がある人は、「本歌取り」という技法が残って「制詞」がすたれた理由を考えてみてほしい。
近代に生まれた「著作権」は振りかざし方ひとつで、文学を殺しかねない。
松本氏のしようとしている言葉の独占がまかりとおるのなら、この先この国の言葉は死んでしまうだろう。
どうして「これは自分の言葉だ」と言い切れるのだろうか。
明らかに盗作だと言い切れる確実性がある場合は別だが、
影響、イメージが残っていた程度の関連性ならば、言葉を使う仕事をしている身として、騒ぎ出すべきではない。
元をたどれば松本氏の言葉だって、ほぼ間違いなく古人によって使われたことのある言葉だと言っていいだろう。
使われた言葉はどんどんと蓄積されていく。新しい言葉には限界がある。だからこそ、文学の無名性が尊重されるべきなのだ。
彼が金のために漫画を描いているのなら別だが、仮にも芸術として、立派な作品として製作したのなら、
だからこそ、言葉の多様性を認めるべきではないのだろうか?
Posted by: kain | October 19, 2006 at 11:59 PM
山口弁護士さんは、言葉の前後を入れ替えたり言い回しを変えたりすれば
たとえ実質的に盗作であっても法律上は盗作認定できないって言ってるのと同じですよね。
あくまでも法律整備の不備。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2004/09/21/4702.html
松本先生もその点は理解していて、法整備を進めるべき、と以前から言っていて、今回は単に謝罪の意を示してほしいと言ってるだけなのに、裁判を起こして話をこじらせようとしてるのは槙原側の方ですよ。
マスコミもマンガ業界より音楽業界の方に弱いから(興業がらみの暴力団との癒着は昔からありますもんね)下手したら松本先生の方が 社会的に抹殺される可能性もありますよ。
また、この件がパクりではないと認められたら、才能のない奴が他の作品から借用しても平然と自分のオリジナルだと主張する行為が常套化する危険もありますよ(彼らはフェアユースと泥棒行為の区別も分からないような連中が多いですから)。
今回の件は、著作権違反かでよく話題になるパロディとかパスティーシュ、オマージュとは全然次元の違う話ですからね。
マンガに詳しい弁護士さんなんだから、杓子定規に法律を運用しようとするお役人的姿勢を見せるのではなく、ここは敢えて松本先生を擁護するくらいの度量を見せて欲しかったですね。
Posted by: そんだば | October 20, 2006 at 02:43 PM
はじめまして。
盗作とはいえない事は良く分かりました。
(すごい素人意見で申し訳ないのですが)
>両者は表現としては全く異なるものであるというのが、私の見解です。
とありますが
表現が全く違うが表面上のフレーズは似ています。
槙原氏の作曲した曲が売れることにより、松本氏の作品テーマを多くの人間が槙原氏の表現との錯誤を起こす事により松本氏が損害を受けるのではないでしょうか。
私はこの事の方が問題だと思いますが…
Posted by: gena | October 20, 2006 at 03:33 PM
「ここは敢えて松本先生を擁護するくらいの度量を見せて欲しかったですね」
とありますが、山口弁護士は実際に争われたら~といった前提で話しているので、何の関係もありません。
更に度量とまで言われては山口弁護士もたまったものではありませんね。
必死にならずとも、少し頭を柔らかくして考えてみては?
Posted by: hana | October 20, 2006 at 03:55 PM
槙原氏は、目にしたキャッチフレーズをメモしておき、それを歌詞に利用する手法をとると聞く。
松本氏のこの言葉は、何も漫画の中で1ページだけで使われている訳ではなく、複数のページに頻出するらしいし、書店での漫画の帯にも使われているとのことだ。そして、いまはこの言葉をテーマにして講演等もしている。この言葉に関わった時間があまりに違いすぎる点からも偶然とは考えにくいと思うが。
Posted by: 通りすがり | October 20, 2006 at 05:08 PM
弁護士の立場で冷静・客観的に話してる先生に対して、
法律の不備/音楽界の方が立場が上/度量を見せろ
という発言は、全く意味が通らないと思いますが。。。
Posted by: あうあう | October 20, 2006 at 05:59 PM
才能が枯れて過去の遺産で食ってるだけの爺漫画家と、ヒット曲の作詞家として名を売りたい元シャブ中アーチスト。
こういった香ばしい面面による騒動なんだから著作権を巡る争いなんて立派なもんじゃなく、単なるメンツの張り合いでわざわざ山口弁護士も含めて釣られて騒ぐ問題じゃないよ。
ところで山口弁護士のwikipedia履歴見たけど、著作権関連で都合の悪い箇所は削除されまくってるのは興味深いですね。
Posted by: あ | October 20, 2006 at 06:25 PM
松本氏の「私のスローガンのような言葉。これを題目に講演会などで若者にエールを送っており、ファンにはなじみ深い。彼が知らないわけがなく、勝手に使うのは盗作」というのは自意識過剰な気もするけどね。
ファンじゃ無ければ全く知らない訳で。
まぁ五十歩百歩だな。
Posted by: うん | October 21, 2006 at 04:18 PM
17人の座右の銘
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4877711279.html
こういう本でも言っているわけで。
知らない人は分からないだろうが、知っている人はアレ?と思う言葉なことは確か。
Posted by: あ | October 21, 2006 at 10:49 PM
盗作騒動 まとめWiki
http://www19.atwiki.jp/999pakuri/
Posted by: 通りすがり | October 23, 2006 at 03:20 PM
だいぶ出遅れの感がありますが、山口先生のお話は著作権の解釈に必要な「バランス感覚」をしっかり表現されていますね。それがわからない人は法律の不備だとかそっちに逃げ込んでしまうようですが…。
言葉を入れ替えれば盗作認定できないという指摘の人は「依拠性」という要件の成り立ちを全く勉強していませんし、事件をきっかけにもっと勉強して欲しいものですね。
このバランス感覚はたくさんの事例を見るしかありませんので、山口先生のように肩書きのある方がきちんとした中立意見を示すのがいい指標になります。
誹謗中傷も多いかと思いますがガンバってください!
ちなみにマコも平成5年卒の法学士で、著作権法を履修しています!
Posted by: マコ | October 28, 2006 at 12:56 AM
自分のブログに書いたんですが
http://tvtalk.blog51.fc2.com/blog-entry-101.html
確認不足ではあるけれども
こちらで21巻とありますが
全盛期が終わって大分後になってからはじめた
新しいシリーズで初めて出てきたフレーズだと思います。
銀河鉄道999を知らないというのは
年齢的に信じがたいですが
このフレーズについては
本当に牧原氏も知らなかったのでは?
Posted by: テレビっ子 | October 28, 2006 at 11:14 PM
松本 金が欲しいなら欲しいって言えば良いのに、困った爺だ。
こんな小物の作品なんて買っていた自分が恥ずかしい。
持っているのは全部処分して、もう2度と買うことは無い。
戦艦大和で散々金儲けして、大和の遺族の気持ちをなんら顧みなかった男が、いまさら盗作だと?
銀河鉄道の夜の著作権利者、戦艦大和遺族全員にお断りしたのか?
2度と夢などと語るな 小物が
ファンだっただけに 「ガッカリ」 だ
Posted by: モケ | October 30, 2006 at 10:13 PM
http://www.makiharanoriyuki.com/home.html
まきはらさん反撃に出たみたいですよ
Posted by: あ | November 07, 2006 at 12:42 PM
許諾請求は全く正当でしょ。実際に登用したかどうか
は問題でなく実際に類似性が高い事が問題なのだ。
JASRACを通して、さんざ自分たち(音楽著作者)は許諾請
求しておきながら、逆の立場に立たされたら「認めません」
って態度は恥ずかしいのと違う?「漫画家なめるな!」も
その辺にあるんじゃないかな
この際、松本御大は槇原氏だけでなく、日本漫画家協会著作
権部責任者としてJASRACと裁判すべきだよ。
ちなみにJASRACは、フレーズがの大小については全く認め
てませんから今回のがもし逆だったら間違いなく松本御大
に許諾請求しますよ。(あえてしないかな。)
Posted by: Yama | November 10, 2006 at 12:26 PM
マンガ家も音楽家も自分の権利を過大に主張したがるから裁判でハッキリするのはイヤないんじゃないかなぁ?
ゴーマニズムの漫画家さんや中古販売の差止請求したゲームメーカーさんの例のように、訴えてしまったがために一定の判断基準が確定して同じ主張ができなくなった例もあるわけだし。
でももちろん、ユーザーであるウチらはそのへんをハッキリしてもらったほうがいいわけだけどね。
ちなみにJASRACほどの影響力のある団体の場合はあてもなく乱訴するようなことはしないでしょ。訴える前に下積みがあって、なおかつその影響で法律が変更されるほどの事案でないとそこまで踏み込まないんじゃないかな~。おそらく、レンタル制限規定や映画の頒布規制のような例もそういう過程を踏んで決まったんじゃなかったかな?
Posted by: マコ | November 10, 2006 at 11:01 PM
山口先生のお話は大変参考になります。
槇原氏にはキチンと裁判を起こして勝って頂きたいですね。
漫画や音楽業界においての判例ができれば、作家や音楽家の方は負い目を感じる事なく、
他の方の文章を自由に拝借できます。
今後はこういったトラブルも無くなるのではないでしょうか。
日本語は英語と違い表現方法が多様ですから、言い回しや順序を多少変えれば
誰もが気づいても法的には類似性の証明は難しいでしょう。
歌詞やフレーズは所詮文字の組み合わせに過ぎないのですから、権利を主張する人間が
間違っていますよね!
Posted by: ノン | November 12, 2006 at 02:39 AM
やっぱり松本に分が悪いでしょう。
相手を盗人呼ばわりして、いざ裁判となると、自分からしないと言うのは、ずるい、汚い人間と思われてもしょうがない。 一字一句違わないないならまだしも、3つのありきたりの名詞の組み合わせで創作性があるのだろうか? 松本以前に誰も考えなかったなんて常識的に思えない。 両人ともお金は持っているのだから、徹底的に法定で争って欲しい。 そして、負けた者が謝れば良いことです。 特に、松本が言いだしっぺなのだから訴訟を起こしてそこで主張するのが正当でしょう。
Posted by: 通りすがり | November 12, 2006 at 03:41 PM
>元をたどれば松本氏の言葉だって、ほぼ間違いなく古人によって使われたことのある言葉だと言っていいだろう。
Kainさんは何を根拠に
「ほぼ間違いなく」と書いておられるのでしょう?
「時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない」
この松本氏の言葉ですが、私には意味がわかりません。独りよがりな言葉の羅列に過ぎません。
間違っても、こんな意味不明な文章を古人が使うとは思えません。
Posted by: きりん | November 14, 2006 at 04:52 PM
著作権法の解釈を論ずるうえで、先人が実際に使ったことがあるかどうかが争点になるわけではないんです。「どんなに単語の配列が希少だからといって特定個人に独占を認めるべきではない」ということ反語的に言ったものでしょう。
ちなみに、単純計算で1億人が10万語の日本語を1日に1万個使ったとしたら、1つの単語は一日平均1000万回使われることになるので2つの全く同じ文節が使われる可能性は一日に100回あることになり、3つの文節が全く同じように使われる確率は1000日に1回ということになる。あくまで単純計算のために超大雑把に、すべての単語が均等に使われるというありえない前提としてはいるものの、このくらいの「オーダー」なんだよ、ということを理解しよう。単語の羅列に独占権を認めるかどうかの綱渡りな判断のうえでは1000日に1回ありえるようなオーダーでは「間違っても使うとは思えない」なんてとても言えないよね。
なんでこんな詭弁を言うのかというと、「文章」だって単語の羅列なのに著作物になるでしょ?
何語集まれば「単語の羅列」から「文章」として著作物としての権利を与えられるかの判断はこういうバランス感覚で判断しなきゃいけないのヨ。
「こんな単語の組み合わせは未来永劫ありえない」と認めることは「その言葉は未来永劫他の人が使用することを禁止する」ということと同じなんです。日本には1億人いるんです。今あなたがしゃべっている一見ありえない言葉の羅列も、いつかどこかで誰かが同じ事を言ってるかもしれないと思えませんか?
Posted by: マコ | November 14, 2006 at 10:13 PM
先生・・・、チャイルドシート事件の解釈間違ってます・・・。
まずここ。
>したがって、原告スローガンは、著作物性を肯定することができる。
次に、
>原告スローガンにおいては子供の視点から見た安心感や車内のほのぼのとした情景が表現されているという特徴があるのに対し、
>被告スローガンにおいては、2句構成からなる7・5調が用いられ、極めて簡潔で、やや事務的な印象を与えること等から、前記各相違は、決して些細なものではなく、いずれも原告スローガンの創作性を根拠付ける部分における相違といえる。
結論は、
>そうとすると、両者は、前記の共通点があっても、なお実質的に同一のものということはできない。
です。
Posted by: sharia | November 17, 2006 at 02:41 PM
初めから松本さんは裁判なんかする気がなく、槇原のモラルについて問質したいだけの事例でしょ。あの言葉(意味が分からない)は順番だけ入れ替えてもパクったことは明白(あんな意味不明な言い回しであれだけ似ているのはパクったとしか言いようがない)。100歩譲って自分で考えたフレーズだとしてもあれだけ似ていれば"すみませんでした"の一言があるのが礼儀というもの。社会で生きていく為には法律で裁かれないモラルが重要なのです。あれだけ苦汁を舐めて(自業自得だが)社会復帰した槇原さんだけに残念です。
Posted by: グワシ | November 26, 2006 at 11:23 AM
商業的に成功しているもの同士の醜い争いですな。
本件のキーワードにオリジナル性は感じない。
「銀河鉄道」と語る時点で
言葉に対する著作権うんぬんを語る資格は松本氏にはない。
Posted by: ちゅさん | March 26, 2007 at 07:59 PM
>あんな意味不明な言い回しであれだけ似ているのはパクったとしか言いようがない
>本件のキーワードにオリジナル性は感じない。
パクった、パクらない…、オリジナルだ、盗作だ…の判断は、個人差があるのでむつかしいところですよね。
個人的には、ちょっとセンスがあれば思いつきそうなものだと思いますが。
しかし、松本氏が電話で槇原氏と話したという発言「話してるうちに記憶に残っていたのかもしれないと言いだした。ならば文書で謝罪してくれと言うと、できないと言った。」
そりゃ槇原氏もプライドがありますからね、一度は引いたのでしょうが、文書で謝罪なんて槇原氏もできないでしょ?
もし槇原氏が本当に自分の思いついたフレーズならなおさら。
--------------------
だいたい松本氏は、Wikipediaを見ても
「『スターウォーズ』の初期企画に自作が影響を与えた」
「「ジョージ・ルーカスは 恥ずかしくて自分の前に立てない」と自慢した」
「西崎は悪魔だ、彼に味方する人物も赦さない!」(西崎義展氏は、『宇宙戦艦ヤマト』プロデューサー)
だとか、著作権の期間を死後50年から死後70年にしようとか、無茶苦茶な話が多すぎる。
だいたい著作権が死後も通用するなら、著作権にも相続税をかけるべきだと思う。遺族は著作権料の一部を税金として収めるべきだ。
著作者の死後、著作権のせいで世に出られない名作のなんと多いことか!おまいらそんなに金が欲しいのか??
Posted by: 通りすがり | April 01, 2007 at 11:01 PM
裁判、面白くなって来ましたね。
松本って人間の傲慢さをズタズタにして欲しい。
知り合いならまだしも、赤の他人に謝れって言うのは、どれ程人を侮辱する言葉か傲慢人間には分からないのでしょうね。
Posted by: 通りすがり | April 06, 2007 at 01:42 AM
出版前に物語のプロットやストーリー展開を丸ごとパクられたことのある人間です。パクった人間は、賞を取った様子です。知人らは「わー、まったく同じだね」との意見でした。出版社をまわっていた秘書に問題があったのでしょう。
その脚本はテレビ化されました。流石に私は怒ってしまったのですが「業界の人間は、いつも良いモノがないか探しているんだよぉ。キミがパクられたのは、実力があったってこと。良かったね」と言われました。
一生を託した物語だったので、やはり気分の悪いものでした。それ以来、ショックで物語を書けなくなり、現在は時事的なことだけ書いています。
今回の件は、どっちがどっちなのか我々には知りえないことですが、気分の悪い事件ではありますね。
Posted by: 作家 | November 02, 2007 at 06:37 PM
裁判では松本零士さんの分が悪いみたいですが、残念です。
私はこの一件が発覚する前から、松本さんの漫画をずっと読んでいたので、問題となったフレーズが氏の作品に繰り返し10年近くに渡って登場していたのを知っています。
だからテレビのCMで問題となる唄のサビの部分が流れた時に、「これは松本零士と槇原敬之とのコラボレーションか?」と思った程でした。
更に驚かされたのは、このフレーズのみならず、歌詞全文に近年の松本零士の創作に沿った内容が散りばめられている事です。
それでいて槇原さんは、「読んだ事がない」と否定するものだから、その厚顔無恥さにあきれ果てました。
これは槇原さんがご自分の作詞に松本さんの漫画を利用しておきながら、それをしらばっくれて逆に松本さんを訴える、という悪質なケースだと思います。
松本さんは当初から法的な話しは持ち出さず、一貫してただ「謝れ」とだけ求めていました。だから槇原さん側も、松本さんの漫画からの「影響」を認めて、事後承諾を得る道もあったはずです。
たとえ槇原さんのプライドがそれを許さなかったとしても、それは嘘の上に立つプライドです。
法廷で正しい結果が出る事を願ってやみません。
Posted by: ファーストスピーカー | February 10, 2008 at 09:06 PM
私も槇原敬之に無断で何度かモデルにされたことがあるものです。この記事を読んだとき「ああ、またか」と思いました。私は弱い立場にあるために訴えることもできませんが、モラルの破壊や人間性の荒廃をこれ以上悪化させないためにも牧原氏のいうような大嘘がまかり通るような世の中にならないことを望みます。
Posted by: 777 | August 11, 2008 at 06:48 PM
>松本さんは当初から法的な話しは持ち出さず、一貫し
>てただ「謝れ」とだけ求めていました。
謝ったら盗んだという事になるのではー。
そうすると次にくる話は著作権料の発生と徴収 ?
ははは。
「俺に歌の売り上げわたせって話だ」てのがわかっちゃって幻滅。げっそり。
Posted by: 通りすがり | September 02, 2008 at 02:58 PM
>それでいて槇原さんは、「読んだ事がない」と否定するものだから、その厚顔無恥さにあきれ果てました。
年代同じくらいだけど、松本零次の漫画、私も読んだことないよ。
作家が偉そうなら、ファンも同じってこと?
大体、問題のフレーズもファンしか知らないっしょ???
どれだけ有名なつもりかしらないけど、知らない人がいる事実は受け止めよう!!!!!!!!!!!!!
知らないわけがないとか平気で言える人のほうが、どれだけ厚顔無恥か、よく考えたほうがいいんじゃない?
とにかく、裁判では山口弁護士の考察通り、槙原氏の勝訴。
一度冷静になって考えてください。
Posted by: はぁ? | December 28, 2008 at 12:37 AM